1つの精子を細い針で卵子に注入することで、受精を促します。ICSIは、男性の精子の数や運動能力が低下している場合や、過去にIVFで受精が成功しなかった場合に使用されます。
顕微授精の基本的な流れは、
- ヒアルロニダーゼ処理
- 精子選別
- 精子注入
- カルシウムイオノファ(必要に応じて)
となります。
ヒアルロニダーゼ処理
採取された卵子は顆粒膜細胞に囲まれており、そのままでは顕微授精をすることができません。そこで、ヒアルロニダーゼという酵素とピペッティング操作により顆粒膜を取り除いていきますが、ヒアルロニダーゼとピペッティング操作の両方が受精卵にストレスを与えます。
ヒアルロニダーゼの濃度を薄くしたり、浸漬時間を短くすれば、酵素による受精卵へのダメージを抑えられますが、ピペッティング操作が多くなり受精卵のストレスが多くなります。逆もまた然りであり、両者のバランスが各施設の特徴になります。
また、顆粒膜細胞の大きさや成熟度でも処理の方法を変え、状況に応じた最善の処理を行うため、培養士の経験や技術も重要な要素になります。
顕微授精(ICSI)
精子選別
精子は運動性が良好で、形が良いものほど染色体の異常が少ないと言われています。そこで、培養士が精子を選別します。
不動化
通常の受精では、精子の頭部だけが卵子に吸収されるため、頭部と尾部の境目から卵子の活性化因子(ホスホリパーゼC-ζ:PLC-ζなど)が漏出します。顕微授精では精子の尾部まで丸ごと卵子に注入するため、精子から活性化因子が漏出しにくい状態になります。
そこで、精子の不動化を行います。不動化は精子の尾部を顕微授精用の針で押しつぶし、精子の細胞膜を傷つけます。そうすることで卵子に注入した際に、活性化因子が漏出しやすくなります。
精子注入
不動化が終われば、最後は穿刺です。
成熟した卵子には卵子の脇に小さな極体が放出されます。その極体は卵子の減数分裂の際にでた、不要な染色体成分です。そして、その直下の卵子内には紡錘体と呼ばれる、染色体を含んだ構造物があります。つまり、そこに針を刺すと染色体が傷つき、正常な受精が出来ないということになります。そのため、顕微授精をする際は、顕微鏡を覗きながら、極体が12時の方向か6時の方向になるように固定して針を刺します。
細胞膜は進展性が高く、針を刺しただけでは細胞膜が破けません。なので、この細胞膜を破くために、一瞬だけ吸引圧をかけます。細胞膜が破けたら、精子をゆっくり注入して針を抜きます。この時の吸引圧が一番難しく、弱ければ細胞膜が破けずにゴムのように伸びていき、強すぎると膜を破った後に、そのまま細胞質を吸引してしまいます。どちらも卵子にダメージを与え、受精率が低下します。
最近では、PiezoICSIといわれる微細な振動により、細胞膜を破膜する装置があり、細胞膜を吸引するより卵子へのダメージが少ないとされるものが普及してきました。ただし、技術のある培養士の場合は、どちらの方法でも受精卵の発育に有意差はでていません。個人的には、新人スタッフが顕微授精の習得が容易になったことが利点のように感じます。
カルシウムイオノファ
顕微授精での受精率が著しく低かった場合に実施されます。
卵子は精子と受精した後、精子の卵子活性化因子(PLC-ζ)により活性化され、細胞質内のCa⁺濃度が上昇するカルシウムオシレーションが起こり、受精反応が促されます。
しかし、精子に卵活性化因子の欠如があると、顕微授精をしても受精しなかったり、受精の遅延が起こります。そこで、顕微授精を実施した卵子をカルシウムイオノファという試薬に浸漬することで、人為的にカルシウムオシレーションを引き起こし、受精を促します。これにより、受精率が改善したという報告や、受精遅延による胚発生の不良が改善したという報告があります。
ただし、カルシウムイオノファは数多ある受精反応の一つを促進するに過ぎず、受精率が改善されない症例も珍しくありません。その場合は塩化ストロンチウムなど他の卵子活性化処理を試すことになるのですが、やってみないと効果が分からないことが課題となっています。